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サッカー・遠藤保仁の「マイペース力」 ~“替えの利かない存在”になるには?~

 スポーツ雑誌「Number」806号の印象に残った記事についてです。

 
Sports Graphic Number (スポーツ・グラフィック ナンバー) 2012年 7/5号 [雑誌]Sports Graphic Number (スポーツ・グラフィック ナンバー) 2012年 7/5号 [雑誌]
(2012/06/21)
不明

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 今号は男子サッカー日本代表の特集でした。
 いよいよ2014年にブラジルで開催されるサッカーW杯のアジア最終予選が始まりました。
 日本は3戦を終えて2勝1分けの勝ち点「5」を獲得し、好スタートを切りました。

 初戦で見事な先制のボレーシュートを決めた本田圭佑選手や、イングランドの名門マンチェスター・ユナイテッドへの移籍が決まった香川真司選手ら“史上最強”との呼び声の高い現在の日本代表を支えるキーマン達のコラムが巻頭を飾っています。

 そんな個性的な実力派が揃うこのチームにおいても、この人の存在はやはり特別です。
 Jリーグ・ガンバ大阪に所属する遠藤保仁選手です。
 代表では、キャプテンである長谷部誠選手と不動のボランチコンビを組んでいます。

 遠藤選手は所属チームでも日本代表でも「替えの利かない選手」と言われて重宝されています。
 プレーが派手で分かりやすい本田選手や香川選手のすごさは、サッカーに詳しくない人が見てもすぐに分かります。
 しかし遠藤選手のすごさは、素人目にはなかなか理解できない部分が多いです。
 それでも、プロとして活躍する同じサッカー選手の目から見ると、遠藤選手のすごさは他とは比較できないもののようです。
 

 「一言でいえばスーパーですかね」と語るのはガンバの同僚、明神智和。
 「ぼくらは味方まで直線コースが見えたら、パスを出します。もう少し上手くいけば、コースを見ずにパスを出す。そこまではできるんですよ。でもヤットは、それができる上にパスコースの近くにいる敵の重心まで見えている。そこで危険を察知したら、パスを出さない。そういう選択もできるんです。」


  「Number 806号」に掲載のコラム 『“替えの利かない男”の謎を解く』 より  熊崎敬:文  文芸春秋社:刊


 目立たないところで、重要な仕事を事もなげにやってのけるのが、一流の仕事人です。常に監督や他のチームメイトから絶大な信頼を寄せられる理由の一つでしょう。

 遠藤選手(ヤット)は1980年1月に鹿児島県の桜島に生まれています。
 桜島は、九州でも指折りのサッカーどころとして知られている場所です。
 校区ごとに少年団があるため、小学3年生になるとそれに加わり本格的にサッカーを始める人が多いとのこと。
 その上サッカーの上手な歳の離れた二人の兄がいるという、日常にサッカーが溢れる恵まれた環境で育ちます。

 遠藤選手は幼い頃、家族でW杯や高校選手権の試合のビデオを何回も観ているうちに試合内容を隅から隅まで憶えてしまい、次の展開を口にするようになったそうです。
 小学校に上がると、みんなが団子のようにボールに群がる中、遠藤選手はひとり外にいて、どこにボールが出てくるのか探っていたといいますから、その頃からやはり「サッカーを理解する力」は桁外れだったといえるでしょう。

 遠藤選手を語る上で外すことができないのは「マイペースな性格」です。
 鹿児島実業高校時代の同級生であった石谷さんは、遠藤選手について以下のように語っています。
 

 「日本代表になることは想像できましたが、ここまでの存在になるとは想像できませんでした。でも、いまのヤットを創り上げたものはわかります。マイペースな性格、これしかないと思うんです」
 石谷はメンタルではなく、性格と表現した。メンタルは自らの意志によって身につけ、制御するもの。だがヤット独特のプレー振る舞いは、メンタルよりも奥深いところから滲み出るようなものだったからだ。


  「Number 806号」に掲載のコラム 『“替えの利かない男”の謎を解く』 より  熊崎敬:文  文芸春秋社:刊


 石谷さんは練習のパートナーであり、遠征のルームメートでもある相棒のような存在でした。その彼にしても、マイペースで飄々とした遠藤選手しか見たことがなかったとのこと。
 荷物はいつもコンパクト。1ヶ月の長期遠征に出かけるときでも、一泊旅行のような身軽さで現れたそうです。
 スパイクまで忘れて左右別々のものを履いたり、人から借りて試合に出たこともあるとのこと。
 

 マイペースで物事に動じないヤットは、大一番に臨んでも原っぱで遊んでいるかのように肩の力が抜けていた。プレッシャーや緊張とは無縁の相棒が羨ましくなり、石谷はあるとき真似をしようと試みた。だが、やるだけ無駄だということが、すぐにわかった。
 「周りの目が気になるし、真似している自分の不自然さが気になって仕方ないんです」
ヤットを知る人々は、ほとんど例外なく彼のことをマイペースと言う。彼のプレーの根底に流れている独特のペース、リズムは、真似しようと思って真似できるものではなかった。


  「Number 806号」に掲載のコラム 『“替えの利かない男”の謎を解く』 より  熊崎敬:文  文芸春秋社:刊


 一流選手は、周りの意見やペースに惑わされない意志の強さを必ず備えていますが、遠藤選手のマイペースぶりは群を抜いています。
 周りの目を全く気にしないからどんな重要な試合でも緊張することなくいつも通りのプレーができるのでしょう。長い期間に渡ってコンスタントに活躍できる理由はここにもあるのでしょう。
 幼い頃にサッカーという競技の「核心」をつかんでしまった遠藤選手は、小さい頃から自分のサッカーに対する信念のようなものが確立していったのでしょう。
 何が自分のプラスになるかを常に考えながら行動していたといいます。だから高校時代も、意味がある練習だと思えば真剣に取り組み、無駄だと思えば隠れて手を抜こうとしたとのこと。
 常に全力でプレーすることが美徳とされる日本のサッカーにおいて、遠藤選手は楽をして勝ちたいと考えていて、自らも常にシンプルに効率性を心掛けてプレーしていたそうです。

 「シンプルに、効率よく」その意識はプロに入ってからも変わることがありませんでした。
 その証拠に、Jリーグで5年間一緒にプレーしたブラジル人、シジクレイ選手は以下のように遠藤選手を評価しています。
 

 「サンガで初めて会ったとき、彼はまだ18歳だった。とても頭のいい選手だと思ったよ。日本人はよく走るけど、彼は少し違った。技術が高いから、彼自身が走らなくても、ボールを走らせてスピーディなサッカーを展開できるんだ。感心するのは、難易度の高いプレーを何気なくやってしまうところ。シンプレ・ボニート(シンプル・ビューティ)なんだ。ファルカンやトニーニョ・セレーゾを彷彿させる司令塔、いまならサントスのようなテクニカルなチームに合うと思うよ」

  「Number 806号」に掲載のコラム 『“替えの利かない男”の謎を解く』 より  熊崎敬:文  文芸春秋社:刊


 彼の飄々として安定したプレースタイルもプレーの正確さやキックの技術の精度の高さも、二人の兄たちと朝サッカーに明け暮れていた幼いころから、「どうすれば自分より速くて大きな相手に勝てるのか」、「試合で決定的な仕事ができる選手になるにはどうしたらいいか」そして「自分の長所は何か」を考え続けて、実践してきた結果得られたものです。

 「マイペース」に周りに惑わされることなく自らの道を突き進んだからこそ、誰もマネのできない“替えの利かない選手”として存在しているということ。
 個性を問われるこれからの時代を生き抜かなければならない僕らも、見習うべきところは大いにありますね。

 遠藤選手には、これからも日本代表の大黒柱としてチームを支えてほしいです。今後の活躍に期待してます!

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サッカー・ロンドン五輪世代にみた『最近の若者』論

 スポーツ週刊誌「Number」803号の記事からについてです。

 
Sports Graphic Number (スポーツ・グラフィック ナンバー) 2012年 5/24号 [雑誌]Sports Graphic Number (スポーツ・グラフィック ナンバー) 2012年 5/24号 [雑誌]
(2012/05/10)
不明

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 今号は、開幕まで数ヶ月に迫ったロンドン五輪に出場を決めている、男子サッカーU-23日本代表の特集でした。
 ドルトムントの主力としてドイツブンデスリーガ制覇に貢献した香川真司選手をはじめ、宮市亮選手、酒井高徳選手などすでに欧州の主要リーグで活躍している若手らのコラムが巻頭を飾っています。
 
 日本の男子サッカー界は、彼らに代表されるように、二十歳そこそこの選手の活躍が目覚しいです。
 海外組だけでなく、国内でもすでにJリーグで主力として欠かせない戦力となって選手ばかりです。

 彼ら90年代以降に生まれた世代はいわゆる「ゆとり世代」と言われ、一般的に上の世代から「言われたことしかやらない」とか「 怒られるとすぐに逆ギレする」とか何かと批判されがちです。
 
 しかし、彼らの活躍ぶりをみると、それは偏見であり意外と期待ができるのでは・・・という気もしてきます。
 コラムの中の彼らのコメントを読むと「ゆとり世代」の特徴が見えてきます。

 もちろん彼らのような若者だけではないでしょうが、「ゆとり世代」の一般論としては興味深いです。

 以下、この年代の選手の特徴を簡単にまとめてみました。

 情報化社会の申し子

 彼らは物ごころついた時から、身の回りにパソコンや携帯などの機器が揃ってインターネット環境が充実して、それらになじんでいます。「デジタルネイティブ」と言われる新世代の若者達です。
 CS放送やインターネットの動画サイトで簡単に海外のサッカーを観戦できます。つまり、実際に欧州まで足を運ばなくても、本場の超一流選手のプレーを観ることができるわけです。

 彼らとほんの数年しか歳の変わらない槙野智章選手ですら、以下のように述べています。
 

  「えー、まず活躍の理由として思うのは情報の豊富ですよね。今の若い選手は、CS放送でヨーロッパの映像を見られる。クラブワールドカップも10日間かけて日本でやる。僕らの頃は相当頑張らないと映像は見られなかった。Jクラブのユースにいてもです。
 ~」


 「Number 803号」に掲載のコラム 「槙野智章の主張」より 吉崎エイジーニョ:文  文藝春秋:刊 


 小さい頃から常に世界最高峰の選手のプレーをイメージして練習できるのですから、技術的に上手くなるのは当然かもしれません。
 それにしても、IT技術の進歩の早さに改めて驚かされますね。

 自己主張をしっかりする
 
 現在、ドイツでプレーする宇佐美貴史選手はインタビューで以下のように述べています。
 

  ―― 口が悪いというのは、練習で言い合う?
 「だって自分の意見があるヤツばかりだから。みんなメディアに出ても、ちゃんとしゃべれますしね。それは日頃から思っていることを、ただ言っているだけ。いいですよね、へんに謙虚じゃないのは」

―― 謙遜しすぎないと。
 「思っていることを、そのまま言えばいいだけ。嫌われようが、好かれようが、みんなそんな気にしないと思います」


 「Number 803号」に掲載のコラム 「オレらの世代は向上心がすごいんで」 より 木崎伸也:文 文藝春秋:刊 


 2月に行われたロンドン五輪最終予選の大一番、ライバルのシリアとの直接対決で痛恨の黒星を喫したU-23日本代表でしたが、その敗因を一人で背負い込んだがGKの権田修一選手でした。

 このチームのキャプテンでもある彼は、「2失点はいずれも自分のミスだ」と潔く認め、以下のように述べています。
 

  「間接的に伝えようとする人、いるじゃないですか。でも、そういうのが嫌なんです。ミスはミス。だから自分もはっきり言うし、相手にもはっきり言ってもらいたい」

 「Number 803号」に掲載のコラム 「なんかスゴイぜ若者たち。」より 蓮實重彦:文 文藝春秋:刊 


 周りを空気を気にして、なかなか思ったことを口にできない日本人が多いですが、彼らにはそんな中途半端な気遣いはないようです。
 思ったことを言うことで一時的にその場の雰囲気が悪くなったとしても、わだかまりを次に引きずらないことが大事ということでしょう。
 本音で言い合った方がお互いの信頼感は増して意志の疎通が図れることを理解しています。

 ツィッターやフェイスブックなどのソーシャルネットワークサービス(SNS)の普及も見逃せません。
 彼らにとって、自分の意思や考えを他人に伝えたり、外の世界に発信したりすることはごく自然なことなんでしょう。
 
 冷静な自己分析ができる
 
 人生の全てをバブル崩壊後の「失われた20年」と呼ばれている不景気の時代に過ごしてきた彼ら。
 上の世代が思うより冷静に自分自身と周囲の状況を分析し、自分達の置かれた立場や実力をしっかりわきまえているようです。
 
 香川選手についての以下のコメントが印象的です。
 

  瀬田はあるとき、香川とバルセロナのサッカーについて話す機会があった。瀬田が「(香川選手も)その中に入れるよ」と冗談ぽく言ったところ、香川はこう返してきたという。
「そりゃやれますよ。だって、周りがいい選手ばかりですもん。走ったら必ず足元に、いいパスが来るでしょ」


 「Number 803号」に掲載のコラム 「カガワシンジが持つ「新世代の価値観」。」より 木崎伸也:文 文藝春秋:刊 


 バルセロナは、サッカーの本場・欧州でも一二を争う最高峰のチームです。
 そのチームの中に入っても、自分は十分やっていける・・・人によっては「自惚れ」や「過信」と受け取るかもしれません。
 しかし、日本での評価はともかく、ドイツでの香川選手の評価は、すでにフランス代表の主力であるリベリー選手やオランダ代表で活躍しているロッベン選手と同レベルとのことですから、過大評価とは言い切れない。

 むしろ、客観的で妥当な自己評価を持っていると言えるではないでしょうか。

 彼らは共通して自分を過大評価せず、過小評価もしない冷静な視点を持ち合わせています。

 そして、あくまで自然体です。自分をよく見せようとか、変に力んだところが全くありません。
 雑誌にも載っていますが、私服を身にまとった彼らは普通の若者と全く変わりないほどナチュラルです。

 判断の基準が彼ら自身のあるから、周りから持ち上げられて調子に乗ることもなく、評価されなくても腐ることはなく、それに一喜一憂することはないのでしょう。

 自分の長所と短所をしっかり見極めて、自分が勝負できるストロングポイントを磨くことを怠りません。
 ピッチ上で見せる彼らの自信に満ちたプレーは「これは自分は絶対に負けない!」という武器を持っているという自負からでしょう。

  個人主義をチーム(集団)に活かす

 彼らに共通するのは「自分がサッカー選手としてどこまでやれるのか」が一番の関心事であるということ。
 チームとしてどうこうという以前に、一人のプレーヤーとして成長したいという強烈な向上心が伺えます。
 他との比較ではなく、あくまで「最高の自分」になるための挑戦という感じです。

 多くの選手が海外を目指すのも、このような高い意識の表れではないでしょうか。

 その一人宇佐美選手は、移籍当時所属していたガンバ大阪ではすでにレギュラーの座を確保していました。
 それを投げ打って海外に移籍した理由について以下のように述べています。
 

  「今までに味わったことのがない苦しさを感じるだろうと思った。そこにあえて飛び込んで、一皮むけたかった。あえて苦しい思いをしにきた。まあ、もしここで競争のい勝てば、いきなり世界のトップに出られる、というところにも魅力を感じていたんですけどね」

 「Number 803号」に掲載のコラム 「オレらの世代は向上心がすごいんで」 より 木崎伸也:文 文藝春秋:刊 


 あわよくば、世界のトップへ・・・と考えるところが、なかなかしたたかですね。
 うまくいかなくても、貴重な経験が積めます。自分のプラスになることは間違いないと判断したのでしょう。

 彼らの基本スタンスは「個々の力を高めることがチームを強くする一番の方法」ということ。
 それぞれがストロングポイントを磨き、それをいかに組み合わせ、補い合うかということに力を注いでいます。

 浦和レッズに所属する原口元気選手を例にとりましょう。コラムには以下のような記事が載っています。
  

  得意のドリブルで相手ゴールに突進していく様は、時にわがままな少年の印象さえ与える。チームメイトを活かすことは彼の課題だが、しかしそれはアタッカーとしての独占欲ではなく、チームに貢献したいと願う強い気持ちに起因している。その言葉にも、彼なりの責任感が伴っている。
 「呼ばれるって決まってからは、自分に思いっきりプレッシャーをかけました。僕自身、それまでずっと、あのチームの力になることができなかった。チームが苦しい時に助けることができなかったので、絶対に結果を残すということしか頭になかった。偶然が重なってもらえたチャンスだったので、これを逃したら次のチャンスはないと思って。そういう覚悟でシンガポールに行きました」


 「Number 803号」に掲載のコラム 「なんかスゴイぜ若者たち。」より 蓮實重彦:文 文藝春秋:刊 


 彼もただ自分のエゴでドリブルをしている訳ではないんです。
 自分がドリブルを仕掛けることにより、相手のマークが自分に集中するし、ファールをもらえる可能性もある。
 自分を長所を生かし、チームの力になるには、ドリブルの威力を更に磨いて決定的な仕事に絡むしかない、と自分でもよく分かっているんでしょうね。
 
 時にわがままに見える彼のプレーも、彼なりに責任感を感じているし、ちゃんと理由があってのことです。
 
 普段、あまり感情を表に出さずに「何を考えているのか分からん」と言われがちなゆとり世代の若者達。
 意外と何も考えていないようで、意外と冷静に自分や周りのこともしっかり考えているのでしょう。

 もちろん、将来のビジョンもしっかりして、自己研鑽に励む若者が多いと聞きます。
 不景気しか知らない彼らは、自分の身は自分で守らなければいけないという意識がもともと強いのでしょう。

 彼らの中には、会社などの組織には最初から頼らない、というような自立した考え方の人も多いです。もちろん、海外に視線が向いている人もね。

 僕ら団塊ジュニア世代ももうかうかしてられませんね。追いつかれないようにしなければ・・・
 彼らからも見習うべきところは見習わないと。

 それはともかく、若い選手が世界で活躍することは、今の日本の数少ない明るいニュースであるのは事実です。
 ロンドン五輪でも、日本の将来を明るく照らす「ゆとりの星」達の活躍にも期待したいですね!
 
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サッカー日本代表・香川真司選手にみる「天才」の定義は?

 ちょっと前になりますが、スポーツ週刊誌「Number」が800回目記念号ということで、サッカー日本代表特集を組んでいます。

 「日本サッカーの進む道。」というタイトルで、サッカー男子日本代表16人のインタビュー記事を一挙に掲載しています。

 
Sports Graphic Number (スポーツ・グラフィック ナンバー) 2012年 4/5号 [雑誌]Sports Graphic Number (スポーツ・グラフィック ナンバー) 2012年 4/5号 [雑誌]
(2012/03/22)
不明

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 たまたま目にして、面白そうだったのでそのまま読ませて頂きました。
 我が浦和レッズから巣立ったキャプテン・長谷部誠選手や細貝萌選手の記事もありましたね。
 その他にも、遠藤保仁選手や本田圭佑選手、川島永嗣選手など国内外で活躍中の錚々たるメンバーのインタビュー記事が載っています。
 
 それらを押しのけて、記念すべき号の表紙を飾り、特集のトップで掲載されているのは、現在、ドイツ一部リーグの・ブンデスリーガで首位を走るドルトムントで大活躍し、欧州主要リーグでの日本人シーズン最多得点も更新した香川真司選手の記事でした。

 今や、「今後欧州で活躍が期待される若手」の一人として、本場・欧州でも「日本人」という枠を超えて人気と実力を認められた選手となりました。
 そんな香川選手がインタビューでどんな発言をするのか、やはり興味あります。

 インタビューの出だしからなかなか強烈で、引き込まれますね。
 あの温厚な香川選手が「言われるとムカつく言葉がある」と。
 

 「エリートとか、天才とか言われることがあるけど、それは逆に、ムカつきますね。自分がエリートだと思ったことはないし、まして天才というのは違う。そうやって言う人って、今だけしか見ていない人ですよ。むしろ天才って何なの!? って感じるし」

 Number 800号 掲載の独占インタビュー 「日本の香川でなく、世界のKAGAWAに」 より
  ミムラユウスケ:文 文藝春秋:刊


 確かに・・・香川選手の気持ちも分かります。僕もこの「天才」という言葉は嫌いです。

 「天才」という言葉には、人並みの努力でもそれなりの結果を残してしまう・・・みたいな響きがあります。
 普通の人が努力しても出来ないことを難なくやってしまうから、周りからはそう見えるのでしょう。

 しかし、それは違うと僕も思います。
 彼に限らず、世の「天才」と言われている人達は、例外なく、並外れた努力をした人です。
 しかも、短い期間ではなく何年もの長い期間途切れることなく・・・・です。
 
 香川選手からしてみれば、今の自分があるのは小さい頃から「いずれ、世界で活躍する選手に・・・」という思いを胸に、高い志を持ってサッカーに打ち込んだ結果です。
 それだけではありません。あの華奢な体で、どうしたら体格の大きい選手とやり合うことが出来るか、自分のストロングポイントは何か、を必死で考え続けてそれを伸ばそうとしたに違いありません。

 「天才」という賞賛は、彼のそんな血が滲むような努力の価値を軽薄なもの変えてしまいます。

 香川選手を「天才」という言葉で片付けてしまう人は、彼の言う通り『今だけしか見ていない人』なのでしょう。
 「天才」という言葉に「自分は天才ではないから、彼とは違う。だから、彼のようになれなくても仕方がない」という言い訳を知らず知らずに込めて、自らの努力を怠ってしまっている人なのではないでしょうか。

 香川選手を「天才」と呼ぶのなら、「天才」という言葉の定義を「自分を信じ、自分を見つめ自分の長所を探し出し、それを伸ばすために精一杯の努力を常にできる人」としたい。
 
 そういう意味では、彼はやはり「天才」です。見習いたいところです。

 もう一つ印象に残ったのは、香川選手が代表の『10番』を背負うようになった経緯です。

 彼は南アフリカW杯の後、中村俊輔選手が代表を引退して空いていた『10番』を引き受けるよう、打診されます。しかし、香川選手は最初戸惑います。
 

  嫌だな。
 初めはそんな印象を抱いた。
 「10番をつけてきた選手のプレースタイルを考えたときに、ふさわしいのは自分ではないような気がして・・・・」
 中村のプレーはもちろん、その前に10番を背負っていた名波浩の姿も頭に浮かんだ。
 彼らのような天才肌の選手ではない。上手くてパスの出せる選手が10番をつけるものだと思っていた。


 Number 800号 掲載の独占インタビュー 「日本の香川でなく、世界のKAGAWAに」 より
  ミムラユウスケ:文 文藝春秋:刊


 しかし香川選手は迷った末に、背番号『10』を引き受けることにします。
 理由は、セレッソ大阪時代に森島寛晃選手から、彼の背番号『8』を譲り受けた時の体験が決め手となった、と述べています。
 

  森島さんは8番を背負って、長い間戦ってきたよな。
 ファンからも、チームメイトからも愛されていたっけ。
 あんな素晴らしい人間性を持った人の背番号が、自分にふさわしいのかな。
 ただ、森島がユニフォームを脱ぎ、その背番号を引き継いでからは、責任と自覚が生まれた。
 そのおかげでそれまで以上にゴールを決められるようになったことも覚えていた。そして、築き上げてきたゴールの山が海を渡るという夢の扉を開けてくれたことも。
 だから、日本代表の10番を背負う意味を改めて考えるようになった。
 「(打診を受けた)当初は、プレッシャーしかなかったですよ」
 周囲の人にも相談した。一人で考えた夜もあった。
 ~
 「10番を背負って戦えるチャンスをつかめる人なんて、本当にひと握り。そのタイミングが今なんだ、チャレンジすべきなんじゃないか、って思ったんですよ」
 責任もプレッシャーも、期待も注目も、10番と一緒に背負うことにしたのだ。
 ~
 「トッププレーヤーって、そういうものじゃないですか? メッシにしろ、クリスティアーノ・ロナウドにしろ、世界で戦う一流選手は、どれだけ素晴らしい活躍をしていても、1試合悪いプレーを見せただけで強烈に叩かれるわけでしょ。
 そういう意味では、プレッシャーを受けるもの経験だし、挑戦だと思う。注目されることは成長するための要因でもあるから」


 Number 800号 掲載の独占インタビュー 「日本の香川でなく、世界のKAGAWAに」 より
  ミムラユウスケ:文 文藝春秋:刊


 さすがですね・・・彼にはしっかりとした将来のビジョンがあり、それに近付くためにはどういう決断を下したらいいか、常にそういう視点でものごとを考えている。

 『10番』が好きか嫌いかでも、自分にふさわしいかふさわしくないかでも、もちろん、プレッシャーがキツいかキツくないかでもありません。
 サッカー選手として『10番』を付けることで、自分がより成長できるか、という観点で判断しています。
 背番号の問題だけではありません。所属クラブを決める時はもちろん、たぶん、普段の日常生活でもそうなのでしょう。

 人生に対する姿勢が一貫していますね。だから、迷うことはあっても、ブレることがない。
 世界で活躍できる人はやはり、それだけ高い意識を持っているということです。

 香川選手に限らず、一流選手の考えを知れば知るほど、彼らが今の地位を築けたのは彼ら自身の努力以外にあり得ず、決して偶然の産物ではないということが分かります。
 「さらに上に・・・!」自分で自分の限界を決めることなく、常に向上心を持ち続ける彼らから見習うことはとても多いです。刺激にもなります。

 日本代表をテレビで応援して「ニッポン頑張れ!」と声援を送るだけで終わらせるのは、もったいないですね。
 このようなインタビューを読まれて、彼らの姿勢、意識の高さに触れてみるのも如何でしょう?

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プロフィール

ヨッシィー☆

Author:ヨッシィー☆
鉄鋼関係のエンジニアです。

浦和で生まれ、浦和で育った、浦和レッズ・サポ。

宜しくお願いします!

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