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サッカー・遠藤保仁の「マイペース力」 ~“替えの利かない存在”になるには?~

 スポーツ雑誌「Number」806号の印象に残った記事についてです。

 
Sports Graphic Number (スポーツ・グラフィック ナンバー) 2012年 7/5号 [雑誌]Sports Graphic Number (スポーツ・グラフィック ナンバー) 2012年 7/5号 [雑誌]
(2012/06/21)
不明

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 今号は男子サッカー日本代表の特集でした。
 いよいよ2014年にブラジルで開催されるサッカーW杯のアジア最終予選が始まりました。
 日本は3戦を終えて2勝1分けの勝ち点「5」を獲得し、好スタートを切りました。

 初戦で見事な先制のボレーシュートを決めた本田圭佑選手や、イングランドの名門マンチェスター・ユナイテッドへの移籍が決まった香川真司選手ら“史上最強”との呼び声の高い現在の日本代表を支えるキーマン達のコラムが巻頭を飾っています。

 そんな個性的な実力派が揃うこのチームにおいても、この人の存在はやはり特別です。
 Jリーグ・ガンバ大阪に所属する遠藤保仁選手です。
 代表では、キャプテンである長谷部誠選手と不動のボランチコンビを組んでいます。

 遠藤選手は所属チームでも日本代表でも「替えの利かない選手」と言われて重宝されています。
 プレーが派手で分かりやすい本田選手や香川選手のすごさは、サッカーに詳しくない人が見てもすぐに分かります。
 しかし遠藤選手のすごさは、素人目にはなかなか理解できない部分が多いです。
 それでも、プロとして活躍する同じサッカー選手の目から見ると、遠藤選手のすごさは他とは比較できないもののようです。
 

 「一言でいえばスーパーですかね」と語るのはガンバの同僚、明神智和。
 「ぼくらは味方まで直線コースが見えたら、パスを出します。もう少し上手くいけば、コースを見ずにパスを出す。そこまではできるんですよ。でもヤットは、それができる上にパスコースの近くにいる敵の重心まで見えている。そこで危険を察知したら、パスを出さない。そういう選択もできるんです。」


  「Number 806号」に掲載のコラム 『“替えの利かない男”の謎を解く』 より  熊崎敬:文  文芸春秋社:刊


 目立たないところで、重要な仕事を事もなげにやってのけるのが、一流の仕事人です。常に監督や他のチームメイトから絶大な信頼を寄せられる理由の一つでしょう。

 遠藤選手(ヤット)は1980年1月に鹿児島県の桜島に生まれています。
 桜島は、九州でも指折りのサッカーどころとして知られている場所です。
 校区ごとに少年団があるため、小学3年生になるとそれに加わり本格的にサッカーを始める人が多いとのこと。
 その上サッカーの上手な歳の離れた二人の兄がいるという、日常にサッカーが溢れる恵まれた環境で育ちます。

 遠藤選手は幼い頃、家族でW杯や高校選手権の試合のビデオを何回も観ているうちに試合内容を隅から隅まで憶えてしまい、次の展開を口にするようになったそうです。
 小学校に上がると、みんなが団子のようにボールに群がる中、遠藤選手はひとり外にいて、どこにボールが出てくるのか探っていたといいますから、その頃からやはり「サッカーを理解する力」は桁外れだったといえるでしょう。

 遠藤選手を語る上で外すことができないのは「マイペースな性格」です。
 鹿児島実業高校時代の同級生であった石谷さんは、遠藤選手について以下のように語っています。
 

 「日本代表になることは想像できましたが、ここまでの存在になるとは想像できませんでした。でも、いまのヤットを創り上げたものはわかります。マイペースな性格、これしかないと思うんです」
 石谷はメンタルではなく、性格と表現した。メンタルは自らの意志によって身につけ、制御するもの。だがヤット独特のプレー振る舞いは、メンタルよりも奥深いところから滲み出るようなものだったからだ。


  「Number 806号」に掲載のコラム 『“替えの利かない男”の謎を解く』 より  熊崎敬:文  文芸春秋社:刊


 石谷さんは練習のパートナーであり、遠征のルームメートでもある相棒のような存在でした。その彼にしても、マイペースで飄々とした遠藤選手しか見たことがなかったとのこと。
 荷物はいつもコンパクト。1ヶ月の長期遠征に出かけるときでも、一泊旅行のような身軽さで現れたそうです。
 スパイクまで忘れて左右別々のものを履いたり、人から借りて試合に出たこともあるとのこと。
 

 マイペースで物事に動じないヤットは、大一番に臨んでも原っぱで遊んでいるかのように肩の力が抜けていた。プレッシャーや緊張とは無縁の相棒が羨ましくなり、石谷はあるとき真似をしようと試みた。だが、やるだけ無駄だということが、すぐにわかった。
 「周りの目が気になるし、真似している自分の不自然さが気になって仕方ないんです」
ヤットを知る人々は、ほとんど例外なく彼のことをマイペースと言う。彼のプレーの根底に流れている独特のペース、リズムは、真似しようと思って真似できるものではなかった。


  「Number 806号」に掲載のコラム 『“替えの利かない男”の謎を解く』 より  熊崎敬:文  文芸春秋社:刊


 一流選手は、周りの意見やペースに惑わされない意志の強さを必ず備えていますが、遠藤選手のマイペースぶりは群を抜いています。
 周りの目を全く気にしないからどんな重要な試合でも緊張することなくいつも通りのプレーができるのでしょう。長い期間に渡ってコンスタントに活躍できる理由はここにもあるのでしょう。
 幼い頃にサッカーという競技の「核心」をつかんでしまった遠藤選手は、小さい頃から自分のサッカーに対する信念のようなものが確立していったのでしょう。
 何が自分のプラスになるかを常に考えながら行動していたといいます。だから高校時代も、意味がある練習だと思えば真剣に取り組み、無駄だと思えば隠れて手を抜こうとしたとのこと。
 常に全力でプレーすることが美徳とされる日本のサッカーにおいて、遠藤選手は楽をして勝ちたいと考えていて、自らも常にシンプルに効率性を心掛けてプレーしていたそうです。

 「シンプルに、効率よく」その意識はプロに入ってからも変わることがありませんでした。
 その証拠に、Jリーグで5年間一緒にプレーしたブラジル人、シジクレイ選手は以下のように遠藤選手を評価しています。
 

 「サンガで初めて会ったとき、彼はまだ18歳だった。とても頭のいい選手だと思ったよ。日本人はよく走るけど、彼は少し違った。技術が高いから、彼自身が走らなくても、ボールを走らせてスピーディなサッカーを展開できるんだ。感心するのは、難易度の高いプレーを何気なくやってしまうところ。シンプレ・ボニート(シンプル・ビューティ)なんだ。ファルカンやトニーニョ・セレーゾを彷彿させる司令塔、いまならサントスのようなテクニカルなチームに合うと思うよ」

  「Number 806号」に掲載のコラム 『“替えの利かない男”の謎を解く』 より  熊崎敬:文  文芸春秋社:刊


 彼の飄々として安定したプレースタイルもプレーの正確さやキックの技術の精度の高さも、二人の兄たちと朝サッカーに明け暮れていた幼いころから、「どうすれば自分より速くて大きな相手に勝てるのか」、「試合で決定的な仕事ができる選手になるにはどうしたらいいか」そして「自分の長所は何か」を考え続けて、実践してきた結果得られたものです。

 「マイペース」に周りに惑わされることなく自らの道を突き進んだからこそ、誰もマネのできない“替えの利かない選手”として存在しているということ。
 個性を問われるこれからの時代を生き抜かなければならない僕らも、見習うべきところは大いにありますね。

 遠藤選手には、これからも日本代表の大黒柱としてチームを支えてほしいです。今後の活躍に期待してます!

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浦和で生まれ、浦和で育った、浦和レッズ・サポ。

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